創業と発展の軌跡
創業のきっかけと発展
強風により大雪山の樹木がなぎ倒される惨状の中、視察に向かう車内で「この大量の倒木をどうやって処理し、運ぶべきか」と頭を抱える重役たちの会話を耳にした創業者は、そこに地域を救う使命と事業の可能性を見出しました。帰宅後、苦労を重ねて家計を支えていた妻が懸命に貯めていた資金を元手に、当時非常に高額であったトラックを1台購入し、自ら倒木処理と運搬に身を投じたのです。これが、現在の事業の力強い原点となりました。
その後、持ち前の行動力でトラック運送業を軌道に乗せ、1962年には「第一建設株式会社」を設立して独立。さらに高度経済成長期の「日本列島改造論」に伴うインフラ整備の波を捉え、旭川の豊かな自然資源を活かした砂利・砕石事業へと参入します。1977年には「第一砕石株式会社」を設立し、地域の道路網や基盤整備に不可欠な資材を供給することで、旭川の発展とともに企業としての歩みを大きく進めてまいりました。
次世代を見据えた事業転換
「将来の見込みが薄れる事業に固執してはならない。会社を永続させるためにはどうすべきか。」この強い想いから、私たちは20年以上も前から次なる収益の柱として「不動産事業」へのシフトを決断しました。過去の事業で取得していた土地や砕石場の跡地といった自社の不動産資産を有効活用し、旭川市内への大型商業施設の誘致などを積極的に推進。時代が大きく移り変わる前に、いち早く安定した賃貸収益モデルを構築することに成功しました。
その後、企業規模の拡大と次世代への円滑な承継を見据え、不動産管理部門を「第一プロパティ株式会社」として独立させ、さらに「第一ホールディングス株式会社」という持株会社体制へと移行。2025年には祖業の一つである砂利工場とその敷地を売却し、安定した不動産事業を中核とする現在の強固な経営体制を完了させました。時代の荒波に翻弄されることなく、常に先を読み、しなやかに姿を変えながら、私たちはこれからも地域社会の発展に貢献し続けてまいります。
会社沿革
大型台風の倒木処理を機に独立